こんにちは、モモです。(@ayumi.mitsuishi)
今回は大井川水系へ2泊3日の源流泊をしてきました。

本釣行は、2026年7月14~16日の内容をまとめたものとなっています。
1日目
深南部へのアプローチの煩雑さは毎度のことではあるが、開拓釣行という大義名分の名の元にようやく重い腰を上げることができているというのが事実。
加えて同じ道程やアプローチ方法、沢を選択するということを避ける難儀な性格のため自らの首を絞め続けている結果となっている点は自業自得としかいいようがない。
選択した林道は車で進めども土砂流入や倒木が頻発しているのが明らかであり、往路は問題なく通行できても復路で文字通りの袋小路になることは容易に起こりうる事態であることが予想される。

頼りないが運任せということ。

前日の夕方ごろに車止め区間に到達し、翌日は4時頃から動き始めればよいだろうと眠りについていた。
午前3時前位に林道を上がってくる車が横付けになったことに気が付いたが、自分は釣り目的で来ているのにも関わらず、こんなところに釣り人は来ないだろうから登山客だろうと安易に結論付けた点は、今振り返っても不思議である。

結果、どうやら地元の人間であるようで、日帰りでとある目的地まで行って帰ってくる山行だと言っていた。
暗中のため詳細な容相は識別がしにくかったが、40代位の引き締まった山屋であり、会話も自然なキャッチボールが可能。
年代でここまで違うものかと再認識、ふと前回の沢泊終盤で出会ったアベック達との比較にほくそ笑む。

その後は地図を見ながら、とりあえず下降箇所を目指すことにした。
深南部の笹薮や縦横無尽な倒木の合わせ技は、毎度のことではあるがお世辞にも心地いいと言うことはできない。
山小屋勤務時代の歩荷業務中にも、黒部周辺の登山道を往復し続けたことがあったが、周辺の山小屋による整備や利用登山客の数に比例してストレスなく歩きやすいことは言い逃れ様がない。

駅前に若者たちが集結するように、ハイカラハイカーズが好んで歩きたがるのも自明の理ということだ。
加えて蜂アブや目纏達が基本的にずっと付きまとってくるため、満足な休憩を取ろうものなら何匹か口に入ってしまうことが避けられない。
蜂アブの形態は、パッと見ると大型の蜂にしか見えないため、一回も見たことがない人間が出くわすとパニックになるだろうが、基本的には「問答無用切り捨て御免」スタイルの本物のオオスズメバチより寛容で、ただブンブン徘徊していることが多いため安心してもいい。
筆者の馬術部時代は、馬によく蜂アブがまとわりついたため、手でつぶす作業が風物詩でもあったが、最悪そのような手段で対抗も容易なので大きな目纏位に考えておいてよいだろう。

毎回初日は、稜線沿いから沢に向けての下降作業となるわけだが、登りで尾根が一点集中することで迷いようがないセクションと異なり、下りの行程では地図上にも微細すぎて認識しにくい無数の尾根が網目状に広がり続けているため、選択箇所を間違えると非常に面倒な登り返しを強いられることになる。
都度地図とコンパスを合わせ方向性を一貫させるが、そのようなそもそもの山の特性上、復路に比べ往路はカモシカが好みそうな斜面から沢沿いまで目指す結果となることが多い。

沢へ降り立つと、即座に浄水器で補給し日陰に避難。
丁度私が沢泊に選択した数日間は、下界では気温37℃の猛暑が続いていたようなので、日照りが避けられない山行では常に蒸しサウナ状態であり、納得の結果であった。

オアシス発見に歓喜したということ。

幕営地にしようとしていた目的の箇所までは少し距離があったので、竿を出しながら向かうことに。
実際沢に入る際にアマゴらしき姿は確認されたため、生体反応は期待できそうだ。
早速ルアーを流すとヤマトイワナとアマゴが出てきてくれた、深南部にありがちな混生区間のようであった。



旧国土地理院地図を参照すると、南アルプス深南部一帯には林道や杣道が張り巡らされた状態であることが分かるので、沢沿いに似つかわしくない人工物が散見される区間があることも。
残念ながら一般的な「林道」ではなく、脆弱性が極めて高い岩質が特徴的なのが深南部のため、目視できる範囲全てが砂利斜面となっている箇所も多い。

ちょっと崩壊した林道程度だろうと考えていると、致命的な事態に陥ることもあるので、私個人としてはあまり積極的な利用を推奨したくはない。
何より遮蔽物やとっさに把握出来る木々や事物が文字通り何もないため、そのまま奈落の底に落ちることが明白だからである点が一番毛嫌いしていることではある。

幕営地で焚き木集めと説明を終了させると、時間に余裕があったため目的の沢へ。
細流だと思っていたが、想像以上に淵が多くヤマトイワナとアマゴの大小が群れを成して疑似餌に群がる。



天候が優れていても、それが沢に日が差し込む結果になるかというのは関係ないことが多い。
できる範囲で写真撮影をするしかないのが山岳渓流あるあるであるが、雷雨に見舞われて壊滅的な被害を受けるよりましであろうと納得させるしかない。

初日としては、釣りのセクションに大いに時間を費やすことができたので大満足であった。
明日以降の計画を立てながら、残すところは焚火の前での宴会である。


かつてはち切れんばかりに持ち込んだ食料を再現させるとまではいかないが、心ばかりの楽しむ分程度はあってもいい。

焚火で暖をとりながら、自然に寝入る感覚も好きなセクションだ。
2日目

観天望気上は日照りに恵まれそうではあるが、山間のため上昇気流の影響を無視できず、どうしても偶発的な雨雲の形成は避けられない。
要するに、「まっ、結局なるようにしかならないよね。」というのが、いい加減な結論ではなく悲しいことに事実ではある。

全ての山間部の形状から気質と合わせ雨雲の発生時刻と降雨量の予測ができるなど、それは夢物語であり再現性のある能力でもない。

それでも数日に及ぶ沢泊の場合はAMラジオ放送による気象状況把握が役に立つ。
どうやらこの日は観天望気と同様の結果が予報されており、相も変わらず下界では記録的な猛暑であるようだ。

焚火の前で厚着をしている状態で聞いていると、矛盾点が面白いのだが、同時に下界に戻りたくない気持ちが高まる。

今日のメインは2つの沢の探索であったが、焦燥感に駆られる事由ではないのでゆっくりと開始する。
渓に差し込む朝日に癒されながらも、ヤマトイワナとアマゴの横行は続く。





所々崩落個所があったり、落石に出くわしたらひとたまりもないのは事実ではあるが、今までの南アルプス深南部の探索箇所と比較すると嫌気がさすような一帯は少なかった。
容易に高巻くことが可能な落ち込みがあったが、丁度良型のヤマトイワナも出てきてくれたので、次の沢に向かうことに。
道中隻眼の大アマゴを発見、なぜ通ったはずの区間で見つけていなかったのか不思議に思ったが、丁度高巻きをした箇所と重なることで見過ごされていたポイントであったことを理解した。
隻眼であったためか、目の前まで近づいても大アマゴはこちらに気が付かず、水面ギリギリを舞う蝶を追いかけたりライズするのに忙しそうであった。

何より自然体で回遊している渓魚をのんびりじっくり楽しむことができたこの瞬間が、一番楽しかったといっても過言ではない。


2つ目の沢としては下流域はヤマトイワナがやや見られていたが、上流に向かうほどアマゴがひしめき合う姿しか見なくなった。
綺麗なアマゴだなという感想くらいしか表出の仕様がなかったため、ヤマトイワナの姿を見なくなってくると次第に飽きも出てくる。

予定にはなかったが、かつての営林所や杣道巡りなどをしてもよいかと考え一度幕営地に戻ることにした。

そもそも林業用途や営林所の乱立、杣道が跋扈している状態で、堰堤らしきものを確認できていないという点が個人的に不思議であった。
ヤマトイワナとアマゴの姿を確認しながらも、旧国土地理院地図上の杣道に続く沢沿いに堰堤を確認できた。
物好きな山釣り師か、バリエーションルート好きの登山客位しか来ないであろう一帯に残された姿を見て、パタゴニア作のダムネーションを彷彿とせずにはいられなかった。
渓の歴史や伝統、地元住民の生活等の変数は多いが、そのどれか1つでも恒常性に結び付けようとしたアプローチが持続的に行われているのかどうかといった点は、残念ながら何もないというのが事実であろう。

岩質の区間によっては、目を覆いたくなるような崩落個所がなく今にも車が走ってきそうな部分もあったが、大半の場合は砂利と泥岩といった具合である。

スケートリンクの上に雪が散りばめられ、かつ斜度があった場合にどのような結果になるかは容易に結びつけることができるであろう。
行動用の簡略装備かつ両手が自由に動く状態でさえ、そのような環境下で抜群のパフォーマンスをすることができるわけもなく危険としか言いようがない。
廃道や洞穴、人工遺物のような哀愁漂う事物探索は、個人的にも渓開拓同様楽しみを感じることができるため決行しているが、そうでないのであればこちらも積極的な推奨はできない。

翌日も猛暑が予測され、下山日でもあったため夜明け前後から行動できれば涼し気に浸ることができるであろう。

早めに焚火での宴会を楽しみながら、21時前には眠りにつくように心がけた。
3日目
筋疲労と修復が間に合うだけの休息も栄養補給もしているわけではないので、身体の特定部位の筋肉痛は想定通り持続している。
結果、足早に動くことが当然の様に忌避され、かつ全てを自己責任で自分のコントロールで自由気ままに選ぶことができるソロである要因が合間り、出立は6時前頃となった。
記事冒頭にも述べたが、登りの区間においては迷う余地が軽度なので、稜線沿いに目立った苦難もなく到達。

所々冷涼な風に当てられ、朝日を浴びながら清々しい気分にさせてくれた。
そうは言っても、初日同様の蜂アブや目纏の猛攻は続く。
加えて藪漕ぎ作業は日照時間が蓄積するほど、特に稜線上は日照りが目立ち地獄のようなコンビネーション技をかけてくる。
夏の山行や渓流釣りといったものは美談にされがちであり、部分的には事実ではあるのだが、こと稜線藪漕ぎフィールドにおいては、夏は避けた方がよいのではとも思う。
基本的に単独行が一般的ではなく、大多数の参入は日帰りや山小屋利用が多い客層なので、そこまでの危惧はしていない。

しかし、リスクマネジメントが一切欠如しており近所のスーパーに買い物に行くような感覚と装備で練り歩く層は残念ながら一定数いる。
目や耳を疑うような素っ頓狂な言動を、お得意の仮面用顔貌で演じて見せてくれるため、理解するのに脳のリソースを大いに費やし、山小屋勤務時代は対応に難儀することも多かった。
整備された山域と登山道でそのような状態なので、それとは真逆の環境下では熟慮した行動をとることを強く推奨するとしか言いようがない。

12時過ぎには車止めに到着、荷物が軽くなることも重なり往路と復路では要する時間が如実に変化する点も個人的には面白く感じる要素ではある。
復路での林道の車移動が唯一の懸念点であったが、エンジンをかけて走り始めた数秒後に別の車が駆け上がってくる姿を確認することで憂いが消えた点は、疲労困憊状態の身には嬉しいプレゼントであった。
そうは言っても5時間前後の運転は避けることができず、高速道路での恩恵も受けにくい長野県では仕方がない。
アプローチの起点となる場所へ車を用いて到達できなくなる時代が到来する前に、なんとも他の南アルプス深南部開拓を終了させておきたいものだ。
ポイントのみを知りたい
この記事でのポイントは、note有料記事にまとめています。

限られた資源を大切にする志を持つ方へ。



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